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流離いの莉子推しの中2 (トーク | 投稿記録) |
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練習用のページです。 | 練習用のページです。 | ||
== ここから下に書き込んでください。 | == ここから下に書き込んでください。 = | ||
はじめて書きます。 | |||
誰にも言えないこと、 | |||
文章がめちゃくちゃです。 | |||
すみません。 | |||
ただ、吐き出したいだけなんです。 | |||
家族構成 | |||
私、旦那、旦那妹1、旦那妹2、旦那父、旦那父彼女 | |||
当時旦那家族全員同居していました。 | |||
高校生の頃からお付き合いしていた彼氏、今では旦那です。 | |||
最低な義父との出会いは高校三年生の頃、 | |||
初めて会った時は男手一つで子供三人育てて大変だな、楽しいお父さんだな、の印象、 | |||
その後結婚、私が妊娠した時の出来事、 | |||
その頃義父には彼女がいました、 | |||
当時義父50代、義父彼女40代、二人はまだ前妻との子供が小学生、中学生にも関わらず、二人の子供が欲しいと、考えていました。 | |||
2年経っても年齢のせいか子供は出来ず悩んでいた頃、私が妊娠しました。 | |||
妊娠したことを告げた時の二人は「おめでとう!孫が出来るなんて嬉しい!」と言っていましたが、なんだか様子がおかしかった。(この時に分かっていれば…と思いますが…) | |||
義父、義父彼女共に当時籍は入れておらず、いい歳だし、子供が出来たら籍入れようと話していました。(まず、この考え方に???でしたが) | |||
最初に様子がおかしかったのは妊娠3ヶ月の頃、 | |||
妊娠中は体調が悪くなったりするでしょ?と義父が体をみてあげる、とマッサージもかねて私をうつぶせに寝かせた時でした、 | |||
最初は普通にマッサージしてくれてましたがいきなり腰を凄い勢いで叩かれたのです。 | |||
その時はびっくりして、義父を突き飛ばしてしまいました。 | |||
流産してしまうのでは、とビクビクしながら毎日過ごしていました、 | |||
その後も旦那が仕事でいない時を見計らって私が寝ている時にいきなり叩く行為は何度もありました。 | |||
毎日不安で、泣いていましたが、この頃妊娠6ヶ月になりました。 | |||
6ヶ月目になると義父の叩く行為はなくなり、ベビーベッド、グッズはどうする?など、孫を楽しみにしている様子だったので、今までのは私の被害妄想だったのかな、と思いはじめた頃でした。 | |||
でも旦那と話して、旦那が私に今までごめん、と言ってくれた次の週に二人で家を出ました。 | |||
今思えば、もっと注意していれば、と思いますが、そのときははじめての妊娠でわからないことだらけの時だったので、視野が狭くなっていた時でした。 | |||
最初の妊娠を伝えた時から義父彼女と一度も会っていませんでした、告げる前までは週に1度は必ず会っていたのに。 | |||
私が妊娠7ヶ月に入った時、 | |||
義父彼女からメールが来ました。 | |||
「あなた達のせいで私の人生はめちゃくちゃです。あなたを殺したいほど憎む、恨んでいます。」 | |||
と、いきなりだったので、私はびっくりしました。 | |||
返信にも困り、次の日になってしまいました、 | |||
メールが届いた次の日、私は義父に呼ばれました。 | |||
義父彼女のこと、大事な話がある。と聞きました。 | |||
私は会いたくなかったけど、義父彼女にはお世話になったし、あんなメールが来たし、別れたのかな?と思い。 | |||
義父のもとへ会いに行きました。 | |||
義父からは彼女と別れたと聞き、やっぱりそうか…と思いながら、義父彼女からメールが来たんです。と言い出したら。 | |||
君たちが妊娠したから、 | |||
流産しなかったからだ、 | |||
と怒鳴られ、狂気を感じたので、逃げ出そうとしましたが、その時私は腕を引っ張られ、押し倒され、殴る、蹴るの暴行を受けました。 | |||
私は泣きながらお腹を守り、やめてください、ごめんなさい、すみません、と繰り返していました。 | |||
義父はよくわからない言葉をはなして、殴る、蹴るの暴行は続き、何分続いたのかわからないころ、暴行はやみました。 | |||
義父は私を見下ろしながら | |||
「これでも生まれてきたら孫として認めてやる。こんなことしたって義父彼女は戻ってこないんだ!」と怒鳴りました。 | |||
義父が座り込んだ所で、私は体中が痛くて、お腹の子が心配で、こんな所に来なければと後悔、お腹の子に謝りながら必死で逃げました。 | |||
旦那に電話をして、仕事中だったのにもかかわらず、旦那はすぐに駆けつけてくれて、何度も俺の親がごめん、本当にごめん、あんなやつに会わせてごめん、と言っていました。 | |||
もともと、旦那母が亡くなったのは義父のせいだったので、旦那は義父が実の親なのに大嫌いでした。 | |||
そのこともあり、私達はその日のうちにまた逃亡しました。 | |||
遠くに引っ越し、連絡は拒否、警察、裁判、いろんなことが頭をよぎりましたが関わること自体が恐怖だったので、ひたすら我慢していました。 | |||
その後、お腹の子は2500グラムと小さかったのですが37週で無事に出産出来ました。 | |||
本当に強い子だと思いました。 | |||
無事に生まれた時は本当に泣きました。 | |||
けど、すぐに絶望に変わりました、 | |||
私は出産することを親戚にも親しい友達にも言わず、夫婦だけで出産に望んだにも関わらず、出産して10分後ぐらいに義父が現れたのです。 | |||
旦那は産院のなかでしたが、私と子供を守ろうと追い出そうとしました、私も子供を守るために、カンガルーケアの最中だったので子供を抱きしめました、 | |||
その時、義父はありえない言葉をはなったのです。 | |||
「う~ん!かわいいでちゅね~!流石は僕の孫ちゃんでちゅね~名前は僕が決めたからね~と」 | |||
私は頭が真っ白に、旦那もあまりの出来事に呆然としていました。 | |||
そんな中助産師さんが、おじい様ですか?お孫さんですよ~と | |||
カンガルーケアは10分までと決められている産院だったので、私から子供を抱きかかえ、義父のほうへと連れて行こうとしました。 | |||
その瞬間、私と旦那はやめて!殺される!と叫んでしまいました。助産師さんも驚き、あまりの声に生まれたばかりの子供は泣き、外にいた産院の方々がどんどん集まってきました。 | |||
私は産後の疲れも感じないほどで、とにかくそのじじいを追い出せ!と叫んでいました。 | |||
旦那は産院の方々と一緒に義父を追い出しました。 | |||
義父は受付も、警備の目もごまかしながら、侵入してきていたのです。 | |||
受付で渡される首からかけるカードも持っていなかったので、そのまま連れて行かれました。 | |||
私と旦那は、どこにいても義父からは逃れられないのか? | |||
どうして?この子を守るためにはどうすれば?と考えながら今も怯えながら生活しています。 | |||
子供は今5歳、あの時以来義父の姿は見ていないけど、 | |||
旦那妹達からこの前連絡がありました。 | |||
「私さんと兄が妊娠中、中絶しようとしていたのに、踏ん切りがつかず、義父に相談していた、義父は親身に話を聞いてあげただけなのに、孫にも会わせず、連絡も寄越さず、一度も会いにこないのは人としておかしい、どうかしてる。連絡先も知るのに凄い苦労した、」と。 | |||
義父は親戚から何から近所の人、仕事場の人、ありとあらゆる人にそう言いふらしているみたいで、 | |||
また目の前が真っ白になりました。 | |||
私と旦那、そして子供、三人ひっそりと生活していて幸せで、最近やっと思い出さなくてよくなってたのに、これからもひっそり生きていかねばならないんだ、と改めて思ってしまいました。 | |||
その連絡があって、義理妹達とも完璧に絶縁、旦那親戚は全て絶縁。 | |||
全ては義父のせいだとどうしても考えてしまいます。 | |||
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